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メッセージ
50年を振り返って
名古屋市から長野県松本市に至る国道19号線の塩尻市を抜けた頃に峠があり、そこで車を止め視界に広がる景色を眺めていると、遠くに富士山が見えた。その富士山を見ながら、何となく自分の今後の人生を考えるようになった。28歳で住建産業(現、株式会社ウッドワン)の東日本営業責任者に抜擢され感謝しながら仕事をしていたが、自分の力で会社を経営してみたい気持ちがわいてきた。建築資材のメーカーのノウハウを活かして建築資材の販売を故郷でやってみようと思った。会社に辞表を出し、経営者の了解を得て5月20日に豊橋を出て、福山市で会社設立の手続きを済まし、1976年6月10日、建築資材を販売することを目的とした「株式会社建友」が誕生した。福山市内の工務店や建築会社へ建築資材の販売を目的とした会社である。
既存の建材取扱店の隙間を縫っての販売は思った以上に厳しいものが有ったが何とか乗り越え、気付くと10年が過ぎていた。その頃疲れも出たのか20日間の入院を余儀なくされ、この入院中に松下幸之助さんや本田宗一郎さんの本を読んだ。この中で松下幸之助さんが、「会社は大きくするものではない。バランスの取れた八頭身の形が一番いい。」と書かれていたことを頭に入れて会社経営を進めている。今もこの考え方を持ち続けている。
福山市において建築資材の販売会社として地盤も出来たがこのままで良いのかと考えるようになった。その頃親しくしていた病院の臨床試験室の試験官から電話があり、面会すると「今からはコンピューターの時代になる。公にされていないがコンピューターには有害電磁波が出ているので体への被害を防御する必要がある。電波を通さない布地が開発された。この繊維はニッケルをメッキした電磁波をシールドする布地である。問い合わせて見たら。」と言われ繊維メーカーに問い合わせをすると、相手先は、この特殊な布地はすでに販売ルートが決まっており、先日社内で発表された別の新商品があるので紹介したいと言われた。それが水を瞬時にジェル状に固める高吸水性ポリマーであった。この話を聞いての帰りに車を運転しながら、水分を固めることが出来るなら人間の尿も固められるのではないか、と考え自宅に帰り試してみた。すると水ほどではないが傾けても流れない程度に固まった。このことを臨床試験室の試験官に話すと、それは面白い、入院患者がベッドでもよおした時尿瓶を使いそれが傾いて尿がこぼれて掃除が必要になることがある。ベッドで使えるミニトイレを開発したらどうかとヒントを頂き、早速試作品を作り試してみた。ベッドで寝たままでの使用はちょっと難しさがあったが工夫すると十分可能になった。問題は女性が使えるかどうか、再び病院に持ち込み患者に使ってもらうと工夫次第で使えることが分かった。
トイレというと車で子供が使えるものが有れば需要はあると思い、色々形を工夫して「携帯用ミニトイレプルプル」がついに誕生した。しかし作っては見たものの今度は何処で売るかである。薬局薬店はもちろんの事病院、生活小物用品問屋、生協等考えられるところへは片っ端から電話した。商品の説明をした後サンプルに簡単な説明書を付けて送り、再度電話をして訪問して説明したい意向を伝え、OKが出ると面談日と時間を決めて訪問した。九州であろうと関東であろうと一件でも面談が出来るとなったら、時間を決めて訪問した。遠い所では前日に現地に行き朝一で訪問した。それでも不在もあった。不在の場合、窓口の事務の方に事情を言い出先へ電話してもらって話をしたこともある。なかなか決まるものではなかった。鹿児島の小売店へ行く途中、東京の問屋さんから電話があったと事務所から連絡があり早速電話し、翌日訪問した。担当の方からお取り扱いの返事を頂いたが条件に東京での販売を任せることが条件としてあった。それは出来ないとお断りし、医療機器取り扱い問屋名簿を入手して一軒ずつ訪問した。すると、まず「どこが扱っているか」と聞かれた。どこかが扱って実績数字が出てその数字を見て考えると言う問屋さんばかりで大変に困った。ただ、問屋さんでこの人と思える人にしっかりお願いすることで一軒ずつ扱い問屋さんが増えてきた。そうなってくると商品のアイテム数が必要となる。そのため新たに「おう吐袋ハイポット」や「マイアイス」などの保冷保温袋を新しく開発し、生産設備を充実させるとともに販売品目を増やしていった。
東京での販売ルートができると、他の地域でも販売が進んできた。販路固めのために、会社創業30周年行事として、2006年、全国のお客さまそして仕入れ先様、約100名の方を福山ニューキャッスルホテルで祝賀会を行い翌日ゴルフコンペをJFE瀬戸内海ゴルフ倶楽部で行い、ゴルフをされない方には貸し切り船で瀬戸内海の観光と二手に分けて接待をした。40周年となる2016年には、東京ベイコート俱楽部ホテル&スパリゾートで120名のお得意先及び仕入先の方を招いて記念祝賀会を行った。記念講演として宮沢洋一参議院議員(当時税制調査会長)、小林史明衆議院議員の二名の方に講演を行って頂いた。国会議員が2名も祝辞を述べられることも異例のことであった。
そして、2017年には社長を占部克明にゆずり、会長職に就くことにした。過去を振り返ってみると、多くのことが思い出されてくる。嬉しかったこと、苦しかったこと、色々なことがあって今のケンユーがある。この先は次の50年、創業設立100年へと向かっていくことになるが、何があるか分からない時代、攻めてきた過去はあるが、これからは守っていかなければならない追われる立場にもある。今まで培ったことをベースとしてその上により良い形を上乗せしていかなければならない。それは今以上に難しいことであるが、社長を中心に、今ある力を十分に発揮して乗り越えていってくれるものだと期待している。